にまめの歯ぎしり
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経済の新しい「衣装」―王様は裸だ!
2013年7月12日の北海道新聞「各自核論」の「経済の新しい衣装」という論稿は、私がずっと抱いていた金融経済への違和感、納得できなさを表現してくれていました。こちらも勝手に要約します。
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現代の金融資本主義の物語である。
機織りたちが無知な王に、「実体経済」が存在するかのように、「経済の新しい衣装」を差し出し身にまとうよう進言している。
アンデルセンの童話「裸の王様」では、有能な官吏の選別に使われたが、今回、新しい衣装が目に見えるのは、株価上昇への「期待」を持つ者のみ。「期待」をしていない者にその衣装は見えず、国の経済生活に参加する資格を持たないと選別される。
国の経済生活を作動させ続けるためには、「期待」をしぼませてはいけない。

経済の衣装は、「期待の螺旋」の渦の中に人々を呑み込んでいく。
おかしいと思いつつも、少数意見として糾弾されたり孤立したりすることをおそれてやがて沈黙していく。集団心理の理論がいうところの「沈黙の螺旋」のように。経済紙などが政府の経済政策批判に及び腰なのは、まさに「期待の螺旋」にとらえられているからである。

期待のエコノミーは、他者が期待しているだろうという期待に基づき、その期待は、さらに他者が期待しているという期待に期待している・・・、思い込みの無限の連鎖に基づいている。この無限の連鎖は数式化プログラム化されてコンピューターで高速計算処理され、株売買に使われている。

アンデルセンの「裸の王様」の原話は、14世紀のスペインの摂政ドン・フアン・マヌエルによる「ルカノール伯」の教訓譚。詐術の魔法がとけ「王が逮捕状を発した時には、すでにとき遅し、詐欺師たちは、衣装材料としてしこたま納めさせた金銀緞子を持ち、彼方に姿を消していた」。
ルカノール伯の物語の終わり方は、金融危機をすでに経験した私たちがよく知っている結末にそっくりではないか・・・。

石田英敬(いしだ・ひでたか)東大大学院教授。1953年生まれ。東大文学部卒、パリ第10大学大学院博士課程修了。専攻は記号学・メディア論。
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【2013/07/13 07:56】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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