にまめの歯ぎしり
感じたこと、考えたこと、気になったことなどなど、いろいろ書いています。
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「日本の未来。これでいいん会~憲法のこと、平和のこと、知って、伝える人を増やそう。」で話そうと思っていたこと
これまで、一人の市民として色々な活動に関わってきました。
例えば自治体学会、地方自治土曜講座、男女平等の政策提言、あるいはエンレイソウ九条の会など。
本日は、今年で6年目を迎えた文学講座の主宰として発言します。
この講座は加藤周一や夏目漱石などの作品を通して文化や思想を学ぶものです。

先日、今の政権は社会に役立つ学問を重視するとして、大学の人文学部の縮小を言いだしました。
私が続けている講座はまさに縮小の分野に入ります。
でも、すぐに役に立たないものの中には人間にとって大切なものがあふれています。
子どもが道草で大事なことを学ぶのに似ています。
そして何より、言葉によってこそ私たちは深く考えることができます。

安倍さんたちは、戦争を平和と言い換え、危険を安全と言い換えるなどして、私たちから言葉を奪っています。
これを許すことはできません。
独裁者は思考する市民が邪魔なのです。

権力に都合よい国民にならないよう、
これからも言葉で学び、考え、発信していきたいし
、学びの場を続けていきたいと思います。

一緒に頑張りましょう。


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【2015/07/04 16:52】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
[日本の未来。これでいいん会~憲法のこと、平和のこと、知って、伝える人を増やそう。
【2015/07/04 16:14】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2014プラハ・ウィーンの旅
8月4日から12日まで、プラハ4泊、ウィーン3泊の旅へ出かけました。記憶が薄れないうちに、少しずつ旅の思い出を記録しておこうと思います。 ①フィンランド航空 朝11時に成田を出発。機内の食事は良くもなくそれほど酷くもなしで、食事などに合わせてアルコールも無料で出ます。その他の時間帯は、ワインなどアルコールも含めて後ろにドリンクバーが用意されていました。映画は日本映画が数本、外国映画の新作も数本入っていたのであまり退屈はしませんでした。し、10時間20分のフライトの後、15時20分にヘルシンキ空港へ到着。サマータイムなので時差は6時間です。 写真 2014-08-04 22 43 49 2時間ほど空港で待ってから、バスで飛行機まで運ばれ、階段を上って搭乗しました。定刻17時35分に出発、2時間15分の間に飲み物、軽食を頂戴してプラハ(ルズィニエ空港)には、現地時間18時45分に到着。日本とは7時間の時差があります。ホテルは空港バスの終点、市街地へ向かう地下鉄やトラムの始発駅の地区にあるので、空港で30分チケットを購入し、バス119番に乗って無事、ホテルへチェックインしました。
【2014/09/15 19:24】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝日歌壇から(20140915)
自らは侵略者とは言わぬもの誰もが自衛と言って始める(堺市・根来伸之さん)
【2014/09/15 19:08】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
★改正国民投票法へ二つの疑問。納得できない。
改正国民投票法が成立した(2014.6.13)。総務省のHPで5つのポイントが5点示されている。
①憲法第96条に定める憲法改正について、国民の承認に係る投票(国民投票)に関する手続と、憲法改正の発議に係る手続の整備を行う内容である。
②国民投票の投票権は、年齢満18歳以上の日本国民が有する(法整備がされるまでは20歳)。
③ 憲法改正が提案される場合とは、国会議員による原案の提出、衆参各議院それぞれの憲法審査会で審査、それぞれの本会議の3分の2以上の賛成で可決した場合である。憲法改正の発議をした日から起算して60日以後180日以内において、国会の議決した期日に国民投票が行われる。
④憲法改正案の承認とは、賛成投票の数が投票総数(賛成の投票数と反対の投票数を合計した数)の2分の1を超えた場合となる。
⑤憲法改正案が複数あり場合は、内容において関連する事項ごとに提案され、それぞれの改正案ごとに一人一票を投じる。

年齢要件の議論もあるかもしれませんが、私の大きな疑問は次の二つ。納得できない。
1.最短なら発議から50日で国民投票になる、本当に私たち国民は必要な情報を知り十分な議論ができるのか?(③)憲法を変えるという大事なことなのに・・・
2、憲法96条の「国民の過半数の賛成」は、投票総数かどうか定義は決まっていましたっけ?
 
※日本国憲法第96条
•1 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
•2 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

改正国民投票法成立
【2014/06/21 12:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
✴️冤罪の根深さ
映画「約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」を見ました。
約束支援団体、弁護団の人達が明らかにした証拠や証言への合理的批判の数々。極端な自白重視の司法の姿勢。再審請求を認めた裁判官と拒否した裁判官への余りに露骨な人事。強い憤りとともに奥西死刑囚への公平公正な正義の実現を心から願います。映画そのものも実映像と演技が効果的に組み合わせされ、引き込まれる作品でした。
それにしても、現在話題になっている8年前の栃木女児殺害事件の成り行きを見ていると、冤罪事件が発生する根の深さを思わずにいられません。逮捕された容疑者が冤罪というのではありませんが、犯人であることを前提にした報道の数々には違和感を覚えます。寄ってたかって裁判前に有罪にすることは自重したほうがよいのではないでしようか。
【2014/06/06 22:19】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
朝日新聞「土俵のそもそも、問いつづけたい」
今日(2014.5.25)の朝日新聞に、集団的自衛権に関する長谷部・杉田両教授の対談と一緒に掲載されていた、高橋論説委員のコメントに共感。安倍政権はまるで悪徳商法のように、「さあどうする!どうする!」と結論を急かして、正しい判断をさせないようにしています。問いの設定そのものを常に疑うことが必要だし、そのためにメディアの力は大きいと思います。

■「土俵」のそもそも、問い続けたい
 集団的自衛権の行使容認に向け検討を進める。政権がそう「土俵」を設定したら、そこに上がって論理的かつ批判的に検証する。メディアの大きな役割のひとつだ。ただ、ひとたび上がると、土俵のありよう自体を問う視点は持ちづらくなる。とりわけ、論点を一気に拡散させて「急ぐ」安倍政権のもとでは、そうなりがちだ。
 北岡伸一氏ですら「正統性なんてあるはずがない」と言う、首相の私的諮問機関。その報告書をもとに、詐術的な言葉を操った首相の会見。秘密法に賛成した長谷部氏が「あごを外す」ほどゆがんだ土俵の上で、ひとの生死に直結する重大なことを決めていいのか。
 じっくりと腰を据えて、こんな土俵の「そもそも」を問い続けたい。
 (論説委員・高橋純子)

朝日新聞デジタル:(特定秘密法から考える)集団的自衛権、そんなに急いでどこへ行く 長谷部・杉田両教授対談
http://www.asahi.com/articles/DA3S11154342.html(PC用・公開記事)
http://digital.asahi.com/sp/articles/DA3S11154342.html?_requesturl=sp/articles/DA3S11154342.html
【2014/05/25 23:28】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
一人一人に今、できること:戦争の芽だと思ったら一つ一つ自分の手でつぶしていくこと
毎日新聞に半藤一利さんのインタビューが掲載されていました。
 一人一人に今できることは何なのかーこの問いに半藤さんは、こう言っています。「戦争の芽をつぶしてかかるしかないですね。自分の目で見つめ、戦争の芽だと思うものを見つけたら、一つ一つこんなふうに自分の手でつぶしていくんです。ぷちんぷちんと丹念にね」  私もプチプチを続けたいと思います。

特集ワイド:解釈改憲 作家・半藤一利さん
 <この国はどこへ行こうとしているのか>(毎日新聞2014年05月19日東京夕刊)

 ◇今が「引き返せぬ地点」
  「歴史に戦前の日本の転機を見いだすことはできても、その時代に生きた国民がそれを実感していたかは別なんです」。行きつけの喫茶店で、半藤さんは語り始めた。
 自称、歴史探偵。日本が戦争にかじを切ったいくつものターニングポイント(転機)を繰り返しつづってきた。太平洋戦争であれば1931年の満州事変がその一つ。「しかし事変直後、国民がいきなり好戦的になったわけではない。その6年後、永井荷風の『ボク東綺譚(ぼくとうきだん)』や堀辰雄の『風立ちぬ』など昭和文学の名作が次々発表されました。世の中にも人の心にもまだ余裕があり、時の権力者が中国を植民地化する野望を抱いていたことなど気づいてもいなかったのでしょう。今の日本も同じ。昭和の国民が気づいていなかったのと同じように、私たちも気づいていないだけではないでしょうか」

 小さな手書きのメモには、38年の国家総動員法第4条の条文が。<勅令ノ定ムル所ニ依リ帝国臣民ヲ徴用シテ総動員業務ニ従事セシムルコトヲ得……>
 「運用次第で何でもできる条文です。1万人を徴用することも、24時間徹夜で働かせることも。この法を境に日本は『戦時国家』となり、国民生活が大きく変わった。法を盾に右翼が非好戦的な人を『非国民』となじり始めた」
 40年、米やみそなどの購入が切符制に。41年には生活必需物資統制令公布。同年末にはもう真珠湾攻撃だ。国家総動員法こそが、昭和の国民にとって戦争への「ノー・リターン・ポイント」だった。

 「いつか今を振り返った時、特定秘密保護法も転機と語られるのかもしれない。まして今回の解釈改憲は、運用次第でどうにでもできる新法を作るのと同じ。時の政府に何だって許してしまう。70年間、戦争で人を殺しも殺されもしなかったこの国の国際的信頼という国益を手放し、国のかたちを変えてしまう」
 つまり解釈改憲こそが私たちの「ノー・リターン・ポイント」だと?
 静かにうなずいた。

 「絶対」という言葉は生涯使わない−−45年3月10日の東京大空襲の焼け跡で14歳の時、そう誓った。「絶対に日本の国は正しいとか、絶対に神風は吹くだとか、絶対に俺は人を殺さないとか。すべてうそだと思った」と振り返る。炎に追われ、中川に飛び込んだ。自分にすがろうと伸びてきた手を振りほどいた。「何度空襲の夢を見たことか。夢の中で誰かを助けよう、助けようとしているんだ。助けられるわけないのに」

 文芸春秋に勤務していたころ、戦争や昭和史を調べ始めた。「日本は地政的に“守れない国”なんです。海岸線はアメリカより長く、真ん中に山脈が走るため逃げる場所もない。だからこそ、日本は戦争をしてはいけない」が持論だ。「守れない国は、集団的自衛権なんて他人のケンカを買ってはいけない。海岸線に原発が何十基もあるんです。どうやって守りますか」

 北朝鮮や中国といった外からの脅威を強調し、国内のナショナリズムをあおる風潮を危惧する。「日本は黒船の時代以来、“攘夷(じょうい)”の精神を引きずっている」。だから、解釈改憲のその先に控えるものは「国防軍」と言い切る。「外からの脅威に立ち向かうため、強い軍隊がいた方が安心、などとはこの国に軍隊がないから言える。本来、軍隊ほどおっかないものはないんです。軍隊は通常、刑法や民法など法体系から外れ、国民が監視できない。裁判は軍事裁判に。私たちは軍隊からの身の安全を考えなければいけなくなりますよ。世界のクーデターの首謀者はたいてい軍隊です」

 今の日本は太平洋戦争へと突き進んだ最初の転機である31〜33年の3年間に重なる、と指摘する。情報の国家統制、臣民教育を目指した国定教科書の改訂、5・15事件などのテロ……。「今はまだ幸いなことに新聞各社が自由な論調を維持できているが、間もなくかもしれません。その証拠にNHKはすでに危うい。歴史教科書の問題も、仮想敵国が強調されるのも当時とそっくり。テロはまだのようだが、ヘイトスピーチやネトウヨ現象は気になります」

 確かに言われてみれば、当時と今は似ている。なぜ同じ道をたどってしまうのか。

 「日露戦争は勝ったとはいえ多くの人の命を奪い、国民生活を圧迫した悲惨な戦争でした。『勝った勝った』と美談として語られるようになったのは、終戦直後ではなく、1930年代に入ってからなんです。戦争を体験した世代が生きている限り、時計はそう速く進まない。しかし彼らが死んだ途端、時計は大急ぎで動き出す。今の安倍晋三政権もそう。政治や官僚の中堅に戦争体験者はもういない。いるのは右肩上がりの栄光しか知らない世代です」

 2003年の個人情報保護法成立後、防衛省の戦史研究センターなどで戦犯の裁判記録や軍人の日記を読もうにも、名前や住所が黒く消されるようになった。「若い世代が昭和史や戦史を学ぶのが困難な時代になってしまった。やがて、作られた美談の歴史だけが残っていくのかもしれません」

 長い沈黙。時を刻む時計の音が聞こえた気がした。

 解釈改憲の先の国のかたちを問うと、「私は死んでますから」とけむに巻かれた。それでも「死んだ後のこの国は」としつこく食い下がったら、半藤さんは一瞬、真顔になり、言葉に力を込め、「だからこそ、生きている間はそうさせねえぞ、って」。次の瞬間、笑顔に戻り「でもそれは口に出すことではない。ひそかに思っていればいいことです」と言い添えた。

 一人一人に今できることは何なのか。半藤さんはこちらを見つめ、こう言った。「戦争の芽をつぶしてかかるしかないですね。自分の目で見つめ、戦争の芽だと思うものを見つけたら、一つ一つ」
 しわだらけの細い指が、空をつまむ。「芽」をつぶす仕草をする。何度も何度も。力を込めて。「こんなふうに自分の手でつぶしていくんです。ぷちんぷちんと丹念にね」
 この指の力強さをいつまでも忘れないように、と心に刻んだ。【小国綾子】
【2014/05/24 12:27】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
「みる・きく・はなす」はいま
朝日新聞の「みる・きく・はなす」はいま(2014.5.2)。タイムリーで重要な論点をとりあげているが中途半端に感じた。
豊島公会堂がいわゆる在特会の会場使用を認めた件について、区が過去の司法判断などを参考に、「区民に差し迫った危険がない」として最終判断したことを紹介している。人種差別発言、差別行動という違法行為を行っているその団体の性格が問題なのであり、騒ぎがあるから拒否するという論法はむしろ正当な議論や主張行為などを阻害するもので、問題の本質をずらし論点を歪曲化する行為である。
もう一つ紹介されている遊学館(山形)の判断はまさにその点において評価できる事例だと思う。
豊島区の判断経過が事実であったとしても、両者の基準の違いにある問題点がわかるような記事になっていなければ、論点が不明瞭になりむしろ誤解を広めるようで残念です。
【2014/05/02 19:03】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
愛情を入れる心の中のバケツをいっぱいにしてくれたのはおばちゃんたち
 3歳の時、母が亡くなって父が再婚し、義母との同居が始まりました、お灸をすえられ、おねしょは放っておかれて濡れたままのパジャマや布団で寝ました。「きっと私が悪い子だからなんだ」と、ずっと思い込んでいました。
 5歳になって、実母の両親に引き取られ、アパートに着くと、笑顔の女性たちが何人も迎えてくれました。高齢で病気がちの祖父母を心配して集まっていたのです。おばちゃん達は「かわいい子ね」と代わる代わる抱きしめてくれました。
小学校入学の時は手分けしておはじきに名前を書き、袋や雑巾を縫ってくれ、学芸会や参観日は必ず誰かが来てくれる。同級生にどの人がお母さんか聞かれると、かわいがってくれる人がこんなにたくさんいて、いいでしょ!と胸をはりました。

 こう話しているのは、絵本作家の森野さかなさんです。このお話の最後は次のように結ばれています。

 「人の心の中には愛情を入れるバケツがあって、それがいっぱいにならないと他の人に優しく出来ないと思う。空っぽだった私のバケツを、おばちゃんたちがいっぱいにしてくれた。おかげで、私はいま、周りの人たちにお返ししたいと考えています。」
【2014/04/30 22:14】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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